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三本の矢

2013.03.18 23:28|死生観
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安倍内閣が誕生して以降、その経済政策が「三本の矢」と呼ばれ、ニュース等で盛んに報道されている。

「三本の矢」とは皆さんご存知のように、戦国大名・毛利元就がその三人の子、毛利隆元、吉川元春、小早川隆景に、「一本の矢では簡単に折れるが、三本まとまれば簡単には折れないので、三人が結束すること」と教えたものとされる。


「三本の矢」…。この言葉を聞くと胸に去来する思いがある。

父が亡くなる2カ月ほど前だっただろうか。父の病室で僕と母はいつものように、ベッドに横になっている父と話したり、父が疲れて話を止めると、それを静かに見守ったりしていた。

そんな中、極力父の前では愚痴のようなことを言わないよう心がけていたのだが、その日はつい、僕が治る見込みがないと思われる、不自由な足の話をし、将来への不安を口にしてしまった。

突然、父は点滴に繋がれた腕であるにもかかわらず、指を三本立てた。

「三本の矢だ!」。「俺とお前、お母さんとで頑張れば何とかなるよ」、父は僕にそう語った。もう自身の死がそこまで迫っているにもかかわらず、彼は僕にそんな言葉をかけてくれた。

その時の父は死期が迫っていることを理解していたのだろうか。

思うに、彼はそんないい加減なことを言う人間ではない。当時の父は、きっとまだ自分は生き続けることができる、と信じていたのだ。そのうえで、「お前がどんな状況にあろうとも、俺は父としてお前を護り続ける」という気持ちを僕に伝えてくれたのだろう。

これが、父がはっきりと僕に語ってくれた、最後の言葉のうちのひとつとなった。

ブログ友達の一人にこの話をしたところ、彼は、「母を亡くした時、我が家は私だけの『たった一本の矢』になってしまいましたが、それでも『折れずに』頑張っていたら、今では『四本の矢』に増えてしまいました。。。男は年齢とは無関係です。その内、『三本の矢』に戻る事を期待しています!」というコメントを与えてくれた。

父が遺した言葉も、そして、親を亡くすという苦しみを理解しているブロ友からいただいた言葉も、僕にとっては一生忘れられない、とても重く、そしてありがたいものだ。

今のところ二本の矢である我が家は、一本になることがあるかもそれない。あるいは三本になることもあるかもしれない。

三本の矢は確かに心強い。いつまでもそうであれば、それはすごく幸せなことだ。しかし、人生、そのようにいかないことも分かっている。大切なのは、例え一本になり折れそうになったとしても、折ろうとする力を受けながらも上手にしなり、決して折れないように努力することなのではないか、などと思う。

矢が一本になったとしても、その矢の心の中に、去ってしまった二本の矢に対する強い想いがある限り、決して矢は折れない。そうありたいと思うし、そうであってほしい。


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